文学の力

 3年半前に夫の故郷で暮らすようになってから、畑で育てていた作物がある日突然枯れてしまったり、収穫しようと思っていた作物が忽然と消えていたり、ということが続いていました。

 人口5000人のこの町が嫌いになっていきました。所詮私は歓迎されない余所者なのだと、ひねくれた思いが生じていたのです。

 

 そんなもやもやとした思いの中で、無性に読みたくなった本がありました。『サイラス・マーナー』(ジョージ・エリオット)です。

 「信じ切っていた友に裏切られ、人も世も神をも呪う世捨て人となったサイラスの唯一の慰めは金だった。だがその金も盗まれて絶望の淵に沈む・・・」という物語です。

 大学時代に教科書として読みました。英文学科に進学したわけではない。もっと実用的な英語が学びたいと思っていた私は、授業をさんざんさぼり、とりあえず単位は取ったものの、物語の結末を知らないままでした。確か、授業では最後までたどり着けなかったはずです・・・

 たまたま家に迷い込んできた幼児を育てることになって、人々との交流を取り戻し、希望を取り戻していく物語へと続いていました。

 

 いやなことがあると周囲のすべてが自分自身に敵対している悪人のように思えてしまいます。その結果、自分自身が心を閉ざしてしまうと、さらに孤立を深めるだけです。心を開くことの大切さを教えられたような気がします。

 

 『サイラス・マーナー』は1861年に書かれた本です。時間がゆっくりと流れていた時代のすばらしい文学作品です。推敲を重ねて丁寧に組み上げられた物語に、心を洗われる体験をすることができました。きっとこれが文学の力なのでしょう。サイラス・マーナーが機織り職工であったことにも心が惹かれました。

 

 まだしばらくはステイホームを求められる状況が続きそうです。友人と直接に会うことはできなくても、古典的な文学作品を通して19世紀にひたむきに生きた人々と出会うことができれば、私たちがどんな大切なものを失ってきたかを思い出させてくれることでしょう。