イベントから生業へ

 「紡ぎの会」を休止しています。コロナウイルスの感染者が増加傾向にあり、岡山県でも感染者が出ていることが直接の理由ですが、イベントから生業へと移行していく時だという思いからでもあります。なお、「紡ぎの会」休止中も、個人的な問い合わせには対応していますので、いつでもご連絡ください。

 

ウイルスに対抗する農的暮らし

 感染症の拡大と経済のグローバル化とは無関係ではないです。人や物が激しく行き交うから、ウイルスも伝播してしまいます。

 コロナウイルスが蔓延してからは、イベント・ワークショップは休止していますが、農作業・手仕事は今まで以上に続けることができます。農的暮らしをしながらアルバイトで現金収入を得る半農半Xの暮らしをしていましたが、Xの部分であるアルバイト収入がかなり落ち込んでいます。それでも、農的暮らしがあるおかげで、ウイルスが収束するまでの数年であれば、脳天気に農的暮らしを楽しめそうです。

 生活必需品を生み出す技術を手に持つことが、そのようなゆとりを生み出します。だからこそ、ガンディーは衣類を自給するための糸紡ぎを独立運動の中心に据え、搾取されることのない自立した村を作ろうとしたのです。

 

ワークショップの本来の目的

 私が糸紡ぎのワークショップをするようになったのも、このガンディーの思想を伝え、実践するためでした。日本各地に衣類を自分たちの労働でまかなう村が出てくることを夢見ていました。しかし、現実は、ワークショップがイベント化していきました。

 糸紡ぎのワークショップだけでなく、地方創生という名の下に、いろいろなイベントが企画され、観光客を集め、食事や宿泊を提供し、おみやげを買ってもらうということが、はやりとなっていきました。そして、ウイルスの直撃を受けました。

 いつの間にかレジャー中心の世の中になっていたことに改めて気づかされました。第一次産業が廃れ、サービス業が増えて、第一産業といえども、お客さんがいてはじめて成り立つサービス産業化していたのです。だから、ウイルスの蔓延でお客さんが来ないと打撃を受けてしまいます。

 観光地に出かける金銭的余裕のある人たちがいるから成り立つレジャー産業です。大多数の労働者がセレブな人たちに依存した社会です。ある面、いびつな社会といえるでしょう。

 本当にみんなが平等で、幸せになれる社会を作るには、根本から変えていく必要があります。それが、ガンディーの目指したことでした。

 

ヒントは江戸時代に

 『百姓たちの江戸時代』(渡辺尚志著・筑摩プリマー新書・2009年)という本に「兼業に励む小百姓」「文化を楽しむ百姓たち」が紹介してあります。

「働ける家族の全員が仕事をもち、また一人が複数の職業を兼ねるというかたちで、世帯全体として最大限の収入を得ようとした」という記述があります。「たとえば、家長が農業とともに大工・左官などの職人仕事をし、妻は農業・家事の合間に糸紡ぎや機織りをし、成人した子どもは奉公に出て給金を稼ぐといったぐあいです。農業でも、自給用や年貢のための生産だけでなく、市場向けの販売用に商品作物を作ることに力が注がれました。」

 百姓も確かに商売に従事していますが、自給した上での商売であったことに注意が必要だと思います。

 さらに、文化を楽しむ百姓たちの項目では、「村における文化活動は、生産・商業などの日常活動と一体化して行われていたところに特徴があります。」と記されています。行商をしながら、そのついでに仲間との俳句作りを楽しむ様子を紹介して、「生業と文化活動が融合・一体化したすがたをみることができます。百姓たちは、本業をきちんと営みつつ、同時に文化活動も旺盛に展開していったのです。」と書いてあります。

 江戸時代の人々がいかに精力的に活動していたかが、伝わってきます。本業をきちんと営む。自給をした上で余った作物を販売することをやっていれば、何らかの事情で、商売や文化活動ができなくなっても、生存していくことはできるでしょう。

 

これからの展望

 私は先日、ジャガイモを掘っただけで、かなり疲れてしまいました。米や野菜を作って、綿も育てて、糸を紡いで、機織りとなると、かなり忙しくなります。その上で読書や文化活動もしようとすると、大変です。でも、年貢も負担していた江戸時代の人々がそれをやっていたのであれば、不可能ではないはずです。

 使い捨てにするほど作らなければ、可能だと私は思っています。そこに幸せがあると確信しているので、生業に励める自分になれるように、自分を鍛えていきたいです。今は、自分自身が少しでも自給率をあげていく取り組みに集中しておいて、コロナが収束したら、レジャーではない、自給自足型の村を日本各地に作っていくための活動をはじめていきたいと思っています。