消費税率が引き上げられ、貧しい人々がますます貧しくなってしまう状況が広がっています。平等を実現する政治が必要です。
それでも、ガンディーは平等の実現には、政府を変えるよりも人々の心を変えることが必要だと主張しました。そして人々に改心を迫りました。
支出を減らす秘訣
怠け心に打ち勝って、手足を動かすことを求めたのです。自分たちの労働によって必需品を手に入れるなら、不平等な制度をある程度は克服できます。
わたしの夫が定年を迎えたとき、すぐに年金は出ませんから、再雇用という制度もあったのですが、年老いた田舎の親にいつまでも自動車の運転をさせるわけにもいかず、故郷に戻る選択をしました。幸い、田畑があるので、米や野菜は採れます。イノシシなどの問題もあり、自給できるところまではいかないのですが、農作業と料理をすることで、アルバイト程度の現金収入で、何とか暮らせています。
完璧な自給ができず、米を買うことになっても、コンビニのおにぎりを買うのに比べれば、安くてすみます。毎日のことであれば家計への負担には大きな違いが生じます。
たとえ衣類を自分で賄うことができなくても、糸を紡いでみれば、布や衣類に対する見方が変わってきます。大切に使うようになるでしょう。使い捨てをやめるだけで、経済的負担から少しずつ解放されていくのです。
単純な真理
60歳くらいになれば、親の介護の問題などが出てきますから、その時期に年金がもらえないのは、ひどい話です。でも、そんなひどい世の中に対して、お金をよこせと要求することだけが解決法ではない気もするのです。もちろん、豊かな人に応分の負担を求めていくべきではあります。
しかし、ガンディーは、まずはまじめに働いてみることを奨励しています。まじめにこつこつと働くことを厭わなければ、生きることはそれほど難しいことではないのです。この単純な真理に人々が気づくことを、ガンディーは願っていました。
貢献する喜び
ところで、働くのは何のためでしょうか?「はたらく」は「はたを楽にする」という意味だったそうです。まずは自分の必要を満たさねばなりませんが、分かち合うためというのも、大切な要素です。分かち合うことを通じて社会の貢献するのです。そのための労働です。
だからガンディーは、富を所有する人々に、必要以上の富は社会に捧げてくださいとお願いしました。資本家と言われる人々の良心に訴えたのです。暴力を否定するなら、この方法しかありません。そして、辛抱強く待つしかないのです。
このあたりで、ガンディーの考え方は否定されてしまいます。しかし、善いことはゆっくりとしか進まないことを、私たちは知っておく必要があります。最初から100%を求めないことです。
実際にこのやり方で、ガンディーはある程度の成果を収めています。ビルラやタータなどのインド財閥から、ガンディーの活動を支援する寄付が寄せられています。
暴力を用いて無理矢理奪ったお金ではなく、自主的に捧げられたお金であることに、ガンディーは感謝していました。税金も本来は、余裕のある人が余裕のない人を助けるために考え出された制度であるはずです。みんなが自主的に余分な富を捧げられるようになれば、税金の制度も本当はいらないのです。大切なのは、捧げることを喜べる人に私たちがなっていくことです。
ツバメの子育て
昨年、我が家にツバメが巣を作りました。ある日、つがいの一羽が羽を痛めていました。その数日後、この一羽の姿が見えなくなりました。残されたたった一羽でどうやって卵を暖めるのだろうかと、心配していたら、どこからか別のつがいがやってきて、結局、3羽の親鳥が6羽の雛鳥を育てました。3羽の親鳥と6羽のひなとの親子関係がどうなっているのかはわかりませんが、ツバメの世界にも助け合いの精神があるのかなと、心
温まるものを感じました。
私たちもこのように助け合うことができれば、年金制度だとか、福祉の制度を作らなくても、何とかなるのかもしれません。
問題が生じたときに、福祉だけに頼るのでもなく、また一方で、家族だけで何とかしなさいと突き放すのでもない、暖かな人間関係を近隣の人々と築くことができれば、私たちはもっと安心して暮らせるでしょう。必要なときは甘えて、でも甘えすぎない節度のある暮らしを築いていきたいものです。
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